柏駅からすぐのところに、ちょっと面白い手作り皮カバンの店がある。
「NUIZAEMON柏」がそれだ。
ローマ字部分を日本語表記をすると「ぬいざえもん」。
名前も風変わりで面白いけれど、しかし本当に面白いのはオーナーの飯島暁史さん(42)のキャラクターだと思う。

そもそも飯島さんは浅草の皮カバンのメーカーで営業・生産管理の傍ら修理担当をしていたのだが、「簡単な修理を職人さんに頼むより、自分でやった方が早くて喜ばれるんじゃないの?」と思ったのがきっかけで、ミシンを踏むようになったのだそうだ。そこからさらに既製品のカバンを次から次へとバラしては、その構造やパターンを学んでいくうちに、気づけば「皮カバンをデザインして作れる人」になってしまったのである。


「だから、ぼくは、未だに『独学』で皮カバンを作っているんです」
そう言って飯島さんは笑うけれど、自分のブランドを立ち上げ、店を営業するまでになれたのだから、飯島さんの「独学」のレベルはおのずと想像できるだろう。

「NUIZAEMON柏」には、まだまだ面白さが詰まっている。
例えば、地元のブランド豚「柏幻霜ポーク」の皮を使った「地産地消」商品があることだ。
その名も「柏レザー」シリーズ。

「柏レザー」は、豚皮ゆえに牛よりも軽く、摩擦にも強いのが特長だという。
さらに、地元の麗澤大学と「柏レザー」を使ったコラボ商品を製造販売してみたり、地元の新京成電鉄で使われなくなった「つり革」を再利用し、「つり革かばん」「つり革パスケース」といったオリジナル商品を生み出してみたりと、とにかく面白いアイデアが続々とカタチになっているのである。

最近では「キョン皮」を使った商品も人気だそうだ。
キョンと聞いても、あまりピンとこないかも知れないが、要するに小型のシカのことである。
かつて観光施設から逃げ出したキョンは千葉県内で野生化し、その数を爆発的に増やしてしまった。そして、いまや、農作物に大打撃を与える害獣として県民を困らせているのだ。
そこで飯島さんは、駆除されたキョンの皮を有効利用することを思いついたのである。

「名付けて『房総レザー』です。キョンの皮って、じつは、最高級のセーム革でもあるんですよ。ふわっとした手触りも独特でしょ?」
ぼくは、その「房総レザー」で作られた財布を触らせてもらったのだが、なるほど、しっとりと優しい手触りで、撫でていて心地いい。
キョンは身体がとても小さいシカなので、一頭から取れる皮の面積も非常に小さいうえに、そもそも猟師が獲ってくれた分しか入手できないため、「房総レザー」はかなりの貴重品なのだそうだ。
開発されたばかりで、まだ、さほど知られていない「房総レザー」だが、いずれ皮革製品のマニアたちにこの存在が知れ渡ったら、「レア物」として人気に火が付きそうな気がする。
ちなみに、商品をデザインする際に飯島さんが心がけていることを訊くと、とても分かりやすい答えが返ってきた。
「軽いこと、構造がシンプルなこと、あとはカラフルな色使いですかね」

つまり、使い勝手がよくて個性的、ということだろう。店内にずらりと展示された商品群を見てみれば、それはよく分かる。
「NUIZAEMON柏」では、ときどきワークショップに出向いたり、店舗奥の工房で体験教室(5000円/税抜き)をやったりもしているというので、ぼくも体験教室を申し出た。
基本、初回の体験では、スマホケースにぴったりな小物入れを作るのが通例なのだそうだが、ぼくは「小説家なので!」と、ちょっと無理を言って、文庫本用のブックカバーを作らせてもらうことに。
もちろん、使う皮は「NUIZAEMON柏」イチ押しの「柏レザー」である。


体験は、おおよそ次のような流れになる。
1・自分の好きな皮の色を選ぶ。
2・型紙に合わせて皮をカッターで切り抜く。
3・縫製する部分の皮を重ねたり折り返したりして、両面テープで留める。
4・飯島さんに手取り足取り指導してもらいながら、工業用のミシンで縫う。
5・皮に穴を開け、金具を取り付ける。

ぼくがミシンを踏んだのは、おそらく小学生の頃の家庭科の授業以来である……。
「ミシンって、縫うことよりも止めることが難しいんですよ」
飯島さんの言うとおり、ギリギリのところでピタリと止めるのが実に難しかった。
「はい、あと3目だけ縫い進めて下さい」
と飯島さんに言われているのに、うっかり4目まで縫ってしまいがちなのだ。しかも、「2目戻って」と言われると、なぜか3目戻ってしまう。



とはいえ、練習用の皮で何度か試し縫いをさせてもらっているうちに、コツがつかめるようになってくるから大丈夫。
というわけで、「柏レザー」を使った、世界でひとつだけの手作りブックカバーの完成である。
「やぱ千葉」取材チームの面々(編集、カメラ&助手)も、それぞれ小物入れやらペンケースやらを作らせてもらって、その仕上がりにニンマリ。

千葉と柏から、世界へ。
「NUIZAEMON柏」の誇る「地産地消」商品たちが、いつか海を超えて広く愛されるようになったらいいな……、と夢想しながら、ぼくは自分で作ったブックカバーを撫で撫でするのであった。

【NUIZAEMON KASHIWA】
〒277-0005
千葉県柏市柏2-7-9
TEL:04-7162-1239
HP: http://nuizaemon.tsnt.net/
作者:森沢明夫
写真:鈴木正美
写真アシスタント:重枝龍明
編集:西小路梨可(主婦の友社)

