千葉県にある、もっとも有名な城は?
と訊かれたら、間違いなく正解は、かの夢の国のシンデレラ城となるだろう。
では、二番目は?
そう訊かれたとき、ぼくだったら「大多喜城」と答える。
ぐるりと海に囲まれた房総半島の山あいにそびえるその「城」は、現在、お城の形をした鉄筋四階建ての歴史博物館として親しまれている。建てられた場所は、もちろん上総大多喜城本丸跡地だ。

大多喜城の正確な築城時期は不明らしいが、一五〇〇年代に武田氏が入城したあと、正木氏が四代続けて在城し、そして、一五九〇年には徳川四天王の一人とうたわれた家康の家臣、本多忠勝が城主になったと言われている。
本多忠勝といえば、あの有名な鹿角(実際は和紙を重ねて黒漆で固めていた)の兜をかぶった最強の武将というイメージがある。戦に「ただ勝つのみ!」という意味合いから「忠勝」と名付けられたという逸話もあるそうで、戦国ファンのなかではトップクラスの人気を誇っているヒーローだ。
忠勝から数えると、本多氏の在城は三代続いた。その後、阿部氏、青山氏、稲垣氏、松平氏と城主はどんどん変わっていく。
最後の城主は、松平正質(まさただ)だった。
そして、一八七一年、二八〇余年にわたる大多喜城の歴史に終止符が打たれるのである。
現在の大多喜城は、前述のとおり、お城の雰囲気を味わえる観光地だ。駐車場には竹細工、つる細工などの民芸品が買える土産物屋があり、城のなかに入れば、充実した博物館の展示を楽しめる。
個人的なオススメは、一階の「体験コーナー」だ。そこでは本多忠勝の兜と陣羽織(もちろんレプリカ)を着けて記念写真を撮れるのである。ぼくら取材チームも順番にコスプレをして本多忠勝になり切り、お互いにゲラゲラ笑い合いながら写真を撮った。

二階は「武士」にまつわる展示ルームで、甲冑や刀剣、火縄銃などを見ることができる。
三階は、城下町の人々の暮らしぶりを示す民具や古文書などの展示がメイン。
最上階の四階では、城下町の模型などが見られるが、何と言っても窓から見晴るかす城下町の風景がいい。

一通り見学をしたあと、ぼくは一階の土産物店で、竹細工のフクロウ笛を購入した。編集者の西小路女史も竹細工のウグイス笛を買い、そして、二人して城の外で笛を吹いて遊んだ。
ホウ、ホウ。
ホ〜ホケキョ。
青空のもと、ふたつの下手くそな笛の音が、眼下に広がる城下町へと響き渡っていく。

風は眩しいほど青く、空にはトンボが悠々と飛んでいる。
◇ ◇ ◇
その日の宿泊は、県立養老渓谷自然公園の「花山水」で、人生初のグランピングだった。

グランピングとは、「グラマラス(魅力的)なキャンピング」を略した造語だ。ようするに、自分でテントを張ったりする必要はなく、自然のなかでホテル並みの豪華な宿泊を味わえるという、まさに至れり尽くせりの新しいキャンプスタイルのことである。
ぼくは、かつて年間一二〇日ほど野宿をしていた貧乏放浪者だったので、こういう贅沢なキャンプはとても新鮮に感じてしまう。

ぼくらが予約したキャンプサイトは、おしゃれなウッドデッキの上にあって、そこにモンゴルのゲルと北米インディアンのティピーを足して二で割ったような立派なテントが張られていた。テントのなかには寝心地のいいベッドが四つもあり、中央にテーブル、天井からは照明、そして、備品としてパジャマ、タオルなどが置かれていた。まさにホテルそのまま、といった風情だ。

森の匂いの風が吹くウッドデッキには、コットン生地のハンモックと、植物の蔓を編んで作られたチェアがぶら下げられているから、寝ながらユラユラ、座ってユラユラ、とリゾート気分を味わいながら本でも読みたくなる。
ウッドデッキを降りて、そのまま山の斜面を下っていくと、川が流れていた。澄んだ水をそっと覗き込むと、キラリ、キラリ、と数十匹のハヤが銀鱗をひらめかせている。浅瀬をてけてけ歩いているのはサワガニだった。
上流から吹いてくる川風。
頭上から降り注ぐ小鳥たちの歌。
ちなみに、この宿では、手ぶらで来た人でも川遊びができるように、長靴やたも網などをレンタルしてくれるという。川遊びオタクとしては、心から拍手を送りたい。
夕食は炉端焼きなのだが、焼いているときに煙の匂いが服につかないよう、ゆったりとした作務衣を着させてくれるというサービスには驚いた。これ、女性にとっては、痒いところに手が届く心遣いに違いない。
作務衣を着たら、あとはもう食材を焼きまくるのみ。
あわび、帆立、伊勢海老、カルビ、鮎、ステーキ、練り物、野菜各種……。
贅沢な海の幸、山の幸が、これでもかと出てくるので、正直、ぼくの胃袋は破裂寸前だった。

風呂は時間制で入ることになっていた。「時間制」と書くと、やや窮屈な印象を受けるかも知れないが、これを言い換えると「露天風呂を貸し切り」で堪能できるということである。
夜空にチカチカまたたく星を眺めながら、誰にも邪魔されずに湯船で脚を伸ばせるという幸せを、ぼくは久しぶりに味わうのだった。
風呂から上がったら、コテージのテーブルに取材チームを集めて、赤ワインで乾杯。
爽やかな夜風に吹かれつつの、オトナの寝酒だ。
そして、いい感じに酔っ払ったところでテントに入り、ふかふかのベッドに潜り込む。

テントの中の照明を消し、そっと目を閉じたら、ぼくらはさらさらと耳に心地いい沢音に包まれていた。
ヒュルルルルル、と美声を響かせるのはカジカガエル。
時折、キューンと山あいにこだまする音は、鹿の声だ。
風が吹けば、木々の葉擦れの音が降ってくる。
ほとんどホテルのような快適なベッドで休んでいても、目の前の布一枚隔てた外はもう、房総の大自然なのだ。
この不思議な感覚。
なるほど、これはまさに「グラマラスなキャンピング」だよな。
すごく癒される。
近いうちに、川遊びの道具をたくさん持参して、プライベートで泊まりにこよう。
なんて考えているうちに、沢音とカジカガエルの歌がぼくの内側へと浸潤してきて――。
鼓動が整い、呼吸が整い。
気づけば、ぼくは背中から溶けるように眠りに落ちているのだった。

【千葉県立中央博物館 大多喜城分館】
〒298-0216
千葉県夷隅郡大多喜町大多喜481
TEL:0470-82-3007
http://www.town.otaki.chiba.jp/index.cfm/10,396,60,128,html
【鹿の音がこだまするお宿 花山水 花山水】
〒298-0276
千葉県夷隅郡大多喜町会所49
TEL:0470-85-0829
http://hanasansui.com/hanasansui_top.html
※本記事は6月に取材しております
作者:森沢明夫
写真:鈴木正美
写真アシスタント:重枝龍明
編集:西小路梨可(主婦の友社)

