やっぱり千葉が好き! 第8回 房州うちわを作る 〜うやま工房
久しぶりに房州うちわを作りに行った。
場所は南房総にある「うやま工房」である。
住宅地の一角にひっそりとある、この小さな工房には、宇山まゆみさんという女性の職人さんがいて、自分の好きな絵柄を使ったオリジナルの「うちわ作り体験」をさせてくれるのである。
ぼくは数年前にも別の工房で体験したことがあるのだが、これがしみじみ愉しく、しかも、自分で作った世界にひとつだけのうちわを持ち帰れるのが嬉しかった。
以来、毎年、夏になると、そのときに作った房州うちわは、ぼくの執筆デスクの上に登場し、独特のやわらかな風をぼくに味わわせてくれるのである。

房州うちわは、京都の「差し柄うちわ」、丸亀(香川県)の「平柄うちわ」と並んで「日本三大うちわ」のひとつに数えられる伝統的なうちわだ。主な特徴は、持ち手となる竹の柄が円柱状であることと、細く割いた竹の骨がむき出しになった「窓」があること。そして、和紙のほかに浴衣の生地を素材として使うことである。

ぼくは、この「窓」の繊細な美しさこそが房州うちわの最大の美点だと思っているけれど、浴衣地の手触りも味があって素晴らしいと思う。
本来の房州うちわ作りは、非常に手間がかかるものだ。
竹の選別からはじまる工程は、じつに二十一もあり、それらをすべて一人の職人がやるとなると、一日にせいぜい四〜五本のうちわを作るのが精一杯と言われている。
うやま工房では、浴衣の生地(もしくは和紙)を選んで骨に貼り付けるところから完成までの数工程を体験させてもらえる。
さて、少年時代から図工とか美術が大好きだったぼくは、こういう体験をやりはじめると、もう愉しくて仕方がなくなってしまうタイプで、今回も、最初の「浴衣の生地選び」からしてテンションが上がってしまうのであった。なにしろ、重ねた生地の厚さが十センチ以上あるなかから、自分のお気に入りの一枚を選ぶのだから、それだけでもわくわくしてしまうではないか。

とはいえ、体験の作業自体は、わりとシンプルだ。
大雑把に言うと、ローラーで骨に糊をつけて、表側に浴衣の生地(和紙でもいい)、裏側に和紙を貼り付け、飛び出した骨をハサミで切り落とす。そして、縁にぐるりと細長い和紙を貼り付けて補強して、完成である。

所要時間は、およそ二時間。
しかし、心地よく集中しているせいか、あっという間に終わってしまう感がある。なんならあと五本くらい作りましょうか? と言いたくなるくらいだ。
作ったばかりのうちわは、まだ糊が乾いていないから、あおぎたくなってもぐっと堪えなければならない。そっと自宅に持ち帰って、一晩寝かせ、糊が完全に乾いてから、パタパタとやるのが正解だ。

房州うちわには、独特の歴史がある。
生産がはじまったのは明治十年のことで、場所は、現在の館山市那古とされている。そして、そこから一気に周辺の漁師町へと広がったのだ。
当時は、漁師の男衆が海に出たあと、家に残された奥さんたちの内職仕事だった。しかも、それぞれの家で違った工程を受け持つ、いわゆる「分業制」での生産だったという。
素材となる竹は、南房総一円に生えている良質の女竹。使い勝手がよく、しかも美しい房州うちわは日用品として人気を博し、大正末期から昭和の初めにかけては年間七〇〇〜八〇〇万本も生産されていたという。
しかし、現在はというと、うちわを作れる職人がほんの数人残っている程度の貴重な「工芸品」となってしまった。
中国産の安価なポリうちわが入ってきたうえに、庶民の生活から炊事や風呂焚きなどの「火起こし」が無くなったことで、うちわの需要そのものが減ってしまったことが衰退の原因だそうだ。
とはいえ、この美しいうちわは、平成十五年(二〇〇三)に、伝統的工芸品として国から認定されることとなったのである。
つまり今後は、実用品としてよりも、むしろ、その希少性と美しさを活かし、贈答品やインテリア、土産物として細く長く愛されていくことになるだろう。
でも、ぼくは、今年もしっかり「実用品」としてパタパタやるつもりだ。万一、壊れてしまっても、またうやま工房さんにお邪魔して、世界にひとつのお気に入りを愉しく作ればいいのだから。

【うやま工房】
〒294-0822
千葉県南房総市本織2040
TEL.0470-36-2130
作者:森沢明夫
写真:鈴木正美
写真アシスタント:重枝龍明
編集:西小路梨可(主婦の友社)

