内房、金谷港からすぐのところに、なんと合掌造りの建物がある。

飛騨高山で世界遺産登録されている、あの有名な伝統家屋を移築したものだそうだ。
築235年を誇るというその三角形の建物のなかに足を踏み入れてみると−−−、そこはもはや「異空間」だった。


ぼくは思わず「うわ、すご……」と声を漏らしてしまった。
黒光りする巨大な柱や梁の威容。
驚くほど多種多様な骨董品と美術品の数々。

さらに、世界中から集められたコーヒー豆、樽、ミル、洒落た喫茶カウンターなどなど、とにかく大人の目をキラキラさせる素敵なモノたちが360度ぐるりと展開するのである。

じつはこの合掌造りの空間、とびきり美味しいコーヒーを飲ませてくれるカフェなのだ。
オーナーでマスターの青山清和さんが、世界各国の選ばれし農園から生豆を輸入し、そして日々、熟練の技術でもって丁寧に焙煎している。
「いま取り扱っている豆の種類は、230種類くらいかな。ぼくは子供の頃にコーヒーにハマっちゃって、10歳のときから趣味で焙煎を愉しんでるんですよ」

マスターは当たり前のようにニコニコ顔で言うけれど、ちょっと待てよ。10歳といえば小学4年生である。そんなちびっ子の頃から「趣味で焙煎」をしている人間は、マスター以外にいるだろうか?
あれこれ考えていると、マスターが続けた。
「だから焙煎歴だけは長くてねぇ、もう50年超えですよ」
「それ、もはや、趣味じゃないですよね? 喫茶店のマスターですし」
ぼくが突っ込むと、マスターはちょっと悪戯っぽく笑いながら「いえいえ、本当にね、ただの趣味なんですよ。この店も趣味です」なんて言い張るのである。
釣りでも音楽でも何でもそうだけれど、「趣味」に本気でハマり続けてとことん極めた人は、そんじょそこらのプロなどとは比べ物にならない「神」のレベルで「遊んで」いることが往往にしてある。きっとこのマスターも、その部類の人間に違いない、とぼくは確信を抱くのだった。

ところで、この「Cafe edomons」は、とくべつに美味しいブルーマウンテンが飲めることで知られているのだが、よくよく考えてみると、マスターの苗字「青山」を英語にしたら、そのままブルー・マウンテンとなるのも面白いではないか。
せっかくなので、ぼくは名物のブルーマウンテンを注文しようと思った。ところが、この日のマスターのオススメは「GEISHA」という豆だという。
「うちで扱っているのは、パナマのエスメラルダ農園で生産された世界一の『GEISHA』です。これを中浅煎りにしてフレンチプレスで出すと、ちょっと驚くような風味を愉しんでもらえると思いますよ」
「(神の)マスターがそこまで言うなら、ぜひ」
ということで、世界一の「GEISHA」を飲ませて頂くことに。
さっそくぼくらはバーカウンターへと移動した。


しばらくしてカウンターにフレンチプレスとカップが出された。新鮮な豆を使った、煎りたて挽きたての世界一の「GEISHA」は、色味が淡く、比較的すっきりとした香りが立ち上っていた。そして、それを口に含んだ瞬間、ぼくの頭のなかには「?」が浮かんだ。とういうのも、ぼくが想像していた「コーヒー」とはまったく別のしろものだったのである。

コク、深み、苦味という、従来のコーヒーが持っているべき「あたりまえの風味」とはまったく違うベクトルの、ある種、「新鮮な豊かさ」を感じさせる飲み物だったのである。
「何だろう、これ−−−。口当たりがさらりとしてて、風味は雅やかで、華やかで、すごくフルーティー。種子というより果実っぽい味わいがあります。でも、たしかにコーヒーなんですよね」
目を丸くして感想を伝えるぼくを見て、マスターは逆に目を細めた。
「驚いたでしょ。ちなみに、この『GEISHA』によく合うおつまみがコレなんです。よかったら食べてみて下さい」

マスターがちょこんと小皿に盛ってくれたのは、なんとクリームチーズだった。半信半疑で食べてみると、「なるほど」と頷く他はなかった。とろりと濃厚なクリームチーズの風味が、あっさりしてフルーティーな「GEISHA」と非常に相性がいいのだ。これは癖になる組み合わせだ。
余談だが、この世界一の「GEISHA」を都内で飲むと、一杯4500円近くすることもあるという。しかし、ここ「Cafe edomons」では1500円で味わえる。

世界一の「GEISHA」を堪能したあとは、この店に入ったときから気になっていた「氷出しコーヒー」を頂くことにした。
「氷出しコーヒー」とは、いわゆる「水出しコーヒー」をつくる際に「水」をセットするべきところに「氷」のキューブを入れておき、そこからゆっくり溶け出した冷水で抽出したコーヒーのことである。

「水」ではなく、あえて「氷」の融解水を使うことで、酸化が少なく味わい深いコクが出るのだそうだ。
ぼくはこれをアイスコーヒーで頂いたのだが、これもまた美味い。
さっきの「GEISHA」とは違って、ぼくがこれまで慣れ親しんできた、コク、深み、苦味を備えたコーヒーらしいコーヒーだ。
「この氷出しコーヒーはね、アイスでも常温でもいいんですけど、あえて温めてホットにしてもセクシーな味わいなんですよ」
マスターがニヤリと笑いながら言うので、ホットにしたヴァージョンも飲んでみたくなる。でも、さすがに連続して3杯も飲んだら胃が痛くなりそうなので、セクシーな一杯は次回のお愉しみにとっておくことにした。

「今日は取材だからお答えしてますけど、普段はね、私はコーヒーについての薀蓄はあまりしゃべらないんですよ」
マスターが思いがけないことを言いはじめた。
「え、どうしてですか?」と、ぼく。
「ここに来てくれたお客様には、この空間と会話を愉しんで頂きたいんです。コーヒーはむしろ、そのためのBGMでいいかなって思ってるんですよ」
ここまでこだわり抜いたコーヒーを「BGMでいい」と言えてしまうあたり、それこそ「趣味人にして神」の言葉だよなぁ、と逆に感銘を受けてしまうぼくなのであった。


そして、たしかにマスターの言うとおり、この空間は存分に愉しむべきだと思う。なにしろ、そこかしこに陳列された骨董品や美術品の数々は、マスターを含めた青山家の先祖代々が、じつに300年もかけて蒐集したものたちなのだから。
それと、もうひとつ、この店で愉しむべきものがある(と、ぼくは思う)。それは、とてもチャーミングで愛嬌たっぷりのマスターとの静かな会話である。

【カフェギャラリー えどもんず】
〒299−1861
千葉県富津市金谷2185-2合掌館
TEL:070-6478-7778
※2019年8月時点の内容です。
作者:森沢明夫
写真:鈴木正美
写真クリエイティブマネージメント:重枝龍明
編集:西小路梨可(主婦の友社)

