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やっぱり千葉が好き! 第5回 東京湾の「深海グルメ」探訪記〜かぢや旅館・喫茶岬

やっぱり千葉が好き! 第5回 東京湾の「深海グルメ」探訪記 〜かぢや旅館・喫茶岬

 

まだ、あまり知られていないけれど、じつは東京湾の入り口付近には「深海」がある。

その名も「東京湾海底谷」。

水深は五〇〇メートル以上もあり、もしも水を抜いたなら、そこはもはや「トーキョー・グランドキャニオン」とも言える雄大な景観が広がるという。

しかも、この深海、とても珍しい「栄養豊富な深海」なのだ。東京湾に流れ込む都市型の川が大量の有機物を運んできて、それが海底に沈殿することで稀有な深海環境をつくり出しているのである。

栄養がたっぷりあるから生息する深海生物も多く、なかには巨大な口を持つメガマウスや、エイリアンのように口が飛び出すミツクリザメなど、幻クラスの希少なサメが捕獲されることもある。

少年時代から釣りが好きで、わりと魚オタクなぼくは、そんな情報だけですでに大喜びなのだが、せっかくだから今回は、オタク以外にも喜ばれる、東京湾海底谷で漁獲される珍しい「深海グルメ」を紹介しようと思う。

メインとなる食材はタカアシガニだ。

甲殻類では世界最大、脚を伸ばすと三メートルを超えることもあるほどの深海の巨大ガニだから、知っている人も多いだろう。カニ類のなかではとても古い種で「生きた化石」とも呼ばれている。

 

そんな珍しいカニを食べさせてくれるのは、内房にある「かぢや旅館」さん。創業は安政元年(一八五四年)という老舗である。

ぼくは、かつて某雑誌の広告の仕事で、この旅館に宿泊したことがあるのだが、そのときに食べたタカアシガニが思いがけず美味しかったため、いつかまた訪れてみたいと思っていたのだ。

ところが、今回の取材で「かぢや旅館」に向かう道すがら、取材スタッフ陣(カメラマン鈴木クン、アシスタントのシゲちゃん、編集の西小路女史、そして、飛び入り参加した佐々木編集長)から、こんなことを言われたのだ。

「ねえ森沢さん、タカアシガニって、水っぽくて美味しくないってネットに書かれていますけど、大丈夫ですよね?」

「西小路は、カニの水揚げ日本一の鳥取県出身で、毎年たくさんの松葉ガニを食べてますけど、大丈夫ですか?」

大丈夫ですか? 大丈夫ですか? と訊かれているうちに、なんだかぼくまで不安になりかけたけれど、いやいや、大丈夫である。ぼくだってはじめて食べたときは「デカすぎて大味なんじゃないの?」と訝しく思いながら細くてながーいお肉を頬張ったのだ。でも、結果は大丈夫だった──というか、ちゃんと美味かったのだ。「大丈夫」なんて単語を使ったら「生きた化石」にも「かぢや旅館」にも失礼である。

「大丈夫ですよ。ぼくの記憶が正しければね」

そう答えたものの、ぼくにはどうしても自信が持てないものが二つある。ひとつは字のきれいさ。そして、もうひとつは記憶力なのだが、まあ、いいか。

 

◇   ◇   ◇

 

さて、旅館に着いたら、ひとっ風呂浴びて、いよいよ夕食である。

テーブルの上には舟盛り用の大きな舟が置かれていて、その上に、デーンと巨大なカニが脚を折りたたんだ状態で、一杯まるまる鎮座していた。

 

いやぁ、この世界最大のカニの迫力たるや──。

スタッフ一同、そのサイズ感に胸を躍らせながら(同時に、食味に若干の不安を抱きつつ)長い脚のお肉に食らいついた。

ぼくはさりげなく皆の顔色をうかがっていた。

すると……。

「あっ、美味しいわ、これ」

「全然、水っぽくないですね」

「松葉ガニとは違った風味のカニなんですね」

と、一同の顔に笑顔が咲いた。

それを見てホッとしたぼくも、長い長いカニの脚を一本掴んで、ボキッと関節を逆に折った。すると、外殻の中からツルリと長い長いお肉が抜け出てくる。そして、それをひとくちで頬張る。

んー、やっぱり美味いじゃないか。

しかも、この食べやすさ。

 

松葉ガニや毛ガニと違って、食事中に無言にならずに済むのがいい。

すかさず二本目の脚を掴む。今度はコクのあるカニ味噌のタレをたっぷりつけてしゃぶりついた。そして、これがいっそう美味いのである。このお肉、水っぽいどころか、松葉ガニと比べると、むしろ水気は少ないくらいだ。どちらかといえばタラバガニに似た風味と食感だと思う。

ここで余談を書いておくと、松葉ガニ、越前ガニ、ズワイガニは、どれも同じ種類のカニで、単純に産地の違いで呼び方を変えているだけである。しかし、タラバガニは違う。こいつはカニの仲間ではなく、ヤドカリの仲間なのだ。よく観察すると、カニと比べて脚が一対少ないことに気づくはずである。

 

タカアシガニをがっつり堪能したぼくらは、「かぢや旅館」ご自慢の、次なる「深海グルメ」に食指を伸ばした。

小鉢に盛られた白身魚の酢味噌和え──。

フトツノザメという深海ザメである。

このサメは、背びれの傍に太い毒針(ツノ)があることから命名されたらしいが、さばいてみると、身肉はきれいな白身で、風味に癖がなく、美味しい深海ザメとして知られている。

食感は……たとえるのが難しいけれど、あえて言うなら「ちょっと固くしたカニ風味かまぼこ」といった感じだろうか。新鮮なものなら刺身でも食べられるそうだが、ぼくはまだ食べたことがない。この旅館では、白身肉を湯通しして酢味噌で和えているが、フライで食べても美味しいサメである。

 

さてさて、「深海グルメ」シリーズの〆は、「ジャパニーズ・ロブスター」という英名を持つ深海のザリガニ、甲羅が鋭い棘に覆われたアカザエビである。

植物のアカザに似ていることからこの名がついたと言われているが、いったい、どこがどう似ているのか、ぼくにはさっぱり分からない。

分かっているのは、新鮮な北海シマエビを彷彿させるぷりっぷりの食感と、舌にすうっと染み込むような上品なお肉の甘みだ。

アカザエビは、イタリア料理などに使われることの多い食材だが、この旅館では純白のお肉の上に瑠璃色の卵をちょいと乗せた「活き造り」で供される。このエビを刺身で食べさせてくれるところは珍しいのではないだろうか。

 

◇   ◇   ◇

 

東京湾の深海に棲む、巨大なカニ。

毒針を持つサメ。

そして、トゲトゲのザリガニ。

それぞれの味を順繰りに堪能していると、ついつい淡麗な冷酒も進んでしまう。もちろん、スタッフの笑顔も咲きっぱなしである。

 

東京湾でのタカアシガニの漁期は十月〜三月とのこと。しかも、専門に獲っている漁船が一隻しかないそうなので、天候によっては仕入れられないこともあるという(ぼくが行ったときは水槽にたくさんいたけれど)。確実に食べたいという読者は、あらかじめ「かぢや旅館」に電話をしてから出かけるのがいいだろう。アカザエビの漁期は、十月〜四月で、フトツノザメの漁期は……、ごめんなさい、分からないです(笑) っていうか、フトツノザメに漁期なんてあるのかな? ない気がするナ。

あ、ちなみに「かぢや旅館」の夕食のテーブルには、深海モノだけではなく、一般的な美味しい魚介類もたっぷり並ぶので、ホームページなどで確認してみてください。それと、アカザエビを注文すると、翌日の朝食にエビの頭がまるごと入った味噌汁が出てきます。これがまたすこぶる美味しいので、ぜひともお試しあれ。

 

 

「深海グルメ」を堪能した翌日は、旅館からすぐ近くの岬にある、絶景の喫茶店に立ち寄った。

店名は「音楽と珈琲の店 喫茶岬」という。

じつはここ、ぼくの行きつけで、拙著『虹の岬の喫茶店』のモデルとなった店である。しかも、その小説は、日本を代表する俳優・吉永小百合さんに読まれたことがきっかけとなり、『ふしぎな岬の物語』というタイトルで映画化された。映画の公開後は、店の前に二時間待ちの行列ができるほどの過熱ぶりを見せたものだが、最近はようやくその熱も落ち着いてきて、昔から常連だったぼくとしては、いくらかホッとしつつコーヒーと絶景に癒されるようになった。

いつものように、ぼくは小説に書いたブレンドコーヒーとバナナアイスを注文した。甘くて冷たいバナナアイスと、苦くて熱いコーヒーを交互に愉しみながら、窓の向こうの絶景を眺めるのが好きなのだ。

 

この店の窓枠は、まるで絵画の額縁のようである。

遥か崖下には藍色の東京湾がきらめき、向こう岸には凛々しい富士山がどっしりと鎮座している。朝、昼、夕。春夏秋冬。さらに天候によって、額縁のなかの絵は絶え間なく変わり続け、そして二度と同じ景色には出会えない。それがまた、いい。

 

 

「はい、お待ち遠さま」

顔なじみのママさんが、コーヒーとバナナアイスを出してくれた。

カップを手にして、藍色のセロファンのような東京湾を見下ろす。

あの海のなか、深い、深い、谷底に、タカアシガニ、アカザエビ、フトツノザメたちが悠々と棲んでいるのだなぁ……。

冷たい漆黒の世界を想いながら、ぼくは火傷するほど熱い漆黒のコーヒーをズズッと啜った。

 

 

【かぢや旅館】

〒299-1861

千葉県富津市金谷3887

かぢや旅館

TEL:0439-69-2411

URL:http://www.kajiyaryokan.com

 

【音楽と珈琲の店 喫茶岬】

〒299-1901

千葉県安房郡鋸南町元名1

0439-69-2109

 

作者:森沢明夫

写真:鈴木正美

写真アシスタント:重枝龍明

編集:西小路梨可(主婦の友社)