ほっと、人、あんしん。京葉ガス

ともに With you 千葉

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presented by SHUFUNOTOMO

やっぱり千葉が好き!第3回 房総の銘酒を利き酒 〜亀田酒造

 

 

ありがたいことに、ぼくの担当編集者には酒飲みが多いうえに、みなさん「美味しいお店」をよく知っている。なので、打ち合わせは酒場で行われることが多い。酔っ払う前にさっさと事務的な話し合いだけは済まして、乾杯のあとはもう何でもありの語らいを愉しみましょう、という、いわば「美味しい打ち合わせ」である。

この、仕事をしているんだか何だか分からないような、ほろ酔い状態で弄する駄弁のなかに、ふと小説のタイトルが転がり出てくることもあるし、いきなり新企画の骨子を思いついたりもするものだから、「美味しい打ち合わせ」はやめられない││と酒豪編集者たちは口を揃えて自らを正当化している。ぼくも、まったくもって同感だけど。

とりわけ某大手出版社の美人編集者・M嬢はいちばんの酒豪で、いつだってぼくを周回遅れにするようなハイペースで盃を干していく。そして、ひたすら、美味しい、美味しい、と目を細めながら、その店のメニューにある日本酒の銘柄を片っ端から試していくのだ。しかも、しこたま飲んでも決して乱れることがないという、まさに酒豪の鑑なのである。

そんな彼女に尊敬の念を込めて、ぼくは密かにニックネームをつけている。

神楽坂の荒鷲││。

個人的にはとてもいいあだ名だと思うのだが、いまのところ本人にも周囲にも内緒にしている(この原稿でバレるかも知れないけれど、まあ、そのときはそのときだよね)。

さて、そんなM嬢と例によって神楽坂で飲んでいるとき、ちょっと興味深い話題になった。

忙しいM嬢が休暇を取って「酒蔵巡り」をしたというのだ。しかも、ぼくの地元、千葉県の酒蔵を探訪したとのこと。

思わず、ぼくは訊いた。

「えっ、千葉県にも美味しい酒を造っている蔵があるの?」

「けっこう、ありますよ」

「へえ、そうなんだ」

そもそもぼくは千葉県内に「巡る」ほど酒蔵があることすら知らなかったのである。

「ちなみに、Mさんがいちばん良かった蔵は、どこ?」

すると、すでに吟醸酒でたっぷり湿ったM嬢の唇が、迷いのない返事をくれたのである。

「亀田酒造さんです。寿萬亀っていうお酒が、すごく美味しかったですよ」

「すごく?」

「はい、すごく」

我が地元県に、神楽坂の荒鷲が絶賛するほどの酒があるとは!

ぼくは嬉しくなって、後日、房総南部の鴨川市にある亀田酒造を訪れてみたのだった。

 

◇   ◇   ◇

亀田酒造の創業は宝暦七年(一七五七年)。

江戸中期から続く老舗である。

しかも、そこで醸された酒は、元横綱貴乃花関の結婚式の三三九度や、皇室・愛子さまのご生誕記念の振る舞い酒などに使われ、さらに毎年、明治神宮の新嘗祭の御神酒として奉納されてもいるという。

いやはや豪快な飲みっぷりの「荒鷲」のイメージとはだいぶ乖離した格調高い蔵ではないか。

ぼくを案内してくれたのは、この蔵の九代目当主、亀田雄司さん(六〇歳)だった。

「トイレは経営の鑑なり」を標榜する亀田社長は、毎朝、社員と一緒にせっせと蔵のなかのトイレを磨いて回るという、とてもエネルギッシュな人物である。

「私じつは、二〇〇三年に肺癌になって、医者に余命三ヶ月と言われたんです。でも、そこから奇跡の寛解。以来、どうせ一度は死んだ命だと思って、なんでもチャレンジしてやろうと思ってね」

で、亀田社長は、やりたいことを片っ端からやりはじめたそうだ。

たとえば観光バスを受け入れて酒蔵見学のサービスをはじめたり、立派な売店を建てたり、酒にまつわる土産物をたくさん開発したり、酒の品質向上のための巨大冷蔵庫を建設したりもした。さらに、駐車場の一角には「写真ギャラリー」のコーナーまで作ってしまった。もっと言うと、この社長、千葉県内の酒造りに「革命」を起こしてしまったらしい。つまり、杜氏なしでの酒造りをはじめたのだ。

「どうせなら自分たちの理想の酒を造ろうと思ってね、あえて杜氏を雇わないで、社員だけで酒を造れるようにしたんです」

外部から杜氏を呼んで造ると、どうしても酒の風味に「その杜氏のカラー」が出てしまうので、それを変えるために自社で造った、というわけである。

 

原料にも、並々ならぬこだわりがある。

たとえば酒米は、社長みずから生産者の元に足繁く通い、人間関係を丁寧に作り上げることで入手困難な米を仕入れられるまでになったそうだ。

さらに仕込みに使う水は、蔵から五キロ離れた愛宕山からパイプで引いた天然の岩清水である。そして、この水がじつに美味い。ぼくも飲ませて頂いたが、舌の上で転がしたくなるほど、まろやかで甘い軟水なのだ。これは水割りに使っても珠玉に違いない。

この蔵では、原料以外にも大切にしていることがある。それは、蔵全体の温度を徹底的に管理すること、だそうだ。

「酒造りはとても繊細でね、わずか0.5度の温度の変化で、醸した酒の風味がまるっきり変わっちゃうんですよ」

そんな具合に、あれこれこだわり抜いた結果││、「寿萬亀」は国内外の鑑評会で受賞ラッシュとなった。しかも、二〇一六年、二〇一七年のモンドセレクションでは「超特撰大吟醸 寿萬亀」が二年連続で最高金賞受賞という快挙を成し遂げた。

いやはや、神楽坂の荒鷲が「すごく美味しい」と評するわけである。

ちなみに、モンドセレクション最高金賞に輝いたこの酒は、兵庫県三木市吉川産(特A地区)特等山田錦を三五%まで精米した究極の大吟醸とのことである。そりゃ、美味いわな……。

しかも亀田社長、「幻の酒米」と称されるとても希少な米「愛山」を仕入れることに成功し、こちらも珠玉の純米大吟醸にしたというではないか。

いやぁ、これはぜひ飲みたい。というか、飲まずに帰ったら神楽坂の荒鷲に鼻で嗤われそうなので、さっそく蔵のなかを案内してもらい、ついでに利き酒をさせてもらうことに。

 

◇   ◇   ◇

 

試飲のコーナーは土産店の一角にあった。そこで、お客さんは誰でも自由に飲み比べが出来る。

「大吟醸にはね、いわゆる『香り吟醸』と『味吟醸』があるんです。たとえば私がモンドセレクションに出したのは、外国人にウケがいい香りの華やかな酒ですけど、一方の幻の米で造った『愛山』は、香りは少ないけれど味には素晴らしい深みがあるんです。はい、どうぞ飲み比べてみてください」

ぼくは亀田社長のレクチャーを受けつつ、ちびり、ちびり、とそれぞれの風味を愉しんだ。思わず幸福感に「うーん」と唸りつつ、目を閉じてしまう。

「これは、どちらも美味いなぁ。しかし、同じ蔵で造った大吟醸でも、ここまで風味が違うんですね」

「ね、おもしろいでしょう」

ぼくは、頷きながらも、すかさず「他には?」と、次の酒の試飲を請うた。

すると社長の背後の冷蔵庫から美酒が出るわ、出るわ。

飯用米で造った純米酒、大吟醸に漬けた贅沢な梅酒、しぼりたてのトロリとした生酒、古代米で造った紹興酒のような風味の飴色の酒……。もう、試飲だけでほろ酔い気分である。

衝撃的だったのは、四一年ものあいだ、じっくり寝かせた古酒の値段だった。

なんと四合瓶で五四万円なり!

この酒、年間たった二本のみの限定販売なのだが、今年の分は、あるお金持ちが二本とも買っていったそうだ。試飲などはもちろん無いが、琥珀色に熟成した実物が棚にデーンと飾られている。見るだけならタダなので、ぼくは究極的にまろやかな風味を夢想しながら、その五四万円の高貴なお姿をじっくりと拝んでおいた。

 

亀田酒造の規模は、日本酒と焼酎併せて二〇〇〇石ほどだそうだ。県内に三九ある蔵のなかでは、五〜六番手の規模らしい。しかし、商品の数はとても多く、八〇を超えている。

たんまり試飲をさせて頂いたからには、どれか一本は買って帰ろうと思うのだが、こう品数が多いとなかなか選べなくなる。ほろ酔いだから、なおさらだ。

しかし、結局は、迷いに迷いつつも、この蔵の顔とも言うべきモンドセレクション最高金賞の「超特撰大吟醸 寿萬亀」と、幻の酒米で造られた「愛山」を購入。そして、亀田社長とがっちり握手。

「また来てくださいね」

「はい。必ず」

というわけで││。

読者には申し訳ないほど美味しい仕事から帰宅して、せっせとこの原稿を書き終えたいま、ぼくは亀田酒造を教えてくれた神楽坂の荒鷲に感謝しつつ、まずは幻の「愛山」の瓶から空けるつもりなのである。

それでは、乾杯!

 

 

【亀田酒造株式会社】

〒296-0111

千葉県鴨川市仲329番地

TEL:04-7097-1116

URL:http://jumangame.com/

 

 

作者:森沢明夫

写真:鈴木正美

写真アシスタント:重枝龍明

編集:西小路梨可(主婦の友社)