ほっと、人、あんしん。京葉ガス

ともに With you 千葉

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presented by SHUFUNOTOMO

やっぱり千葉が好き! 第2回 師走のわびさび 〜味好屋・法華経寺・東山魁夷記念館

師走のわびさび 〜味好屋・法華経寺・東山魁夷記念館

 

この日は、日本列島を寒波が襲来した。

JR下総中山駅を降りたぼくは、からっからの冷たい風に吹かれつつ、ふと高い空を見上げた。

澄んだブルー一色の空は、宇宙が透けて見えそうだ。

 

すー、はー。

 

と、深呼吸をひとつ。

ひんやりした空気で肺を洗うのは気持ちがいい。

 

駅前のロータリーからは、商店街が北へとまっすぐ延びている。

日蓮宗の古刹、法華経寺へと続く参道だ。

この商店街には、昭和の色をそのまま残したようなレトロな店と、最近のチェーン店が混在しているのだが、ぼくがよく立ち寄る店は、歩き出してすぐ左手にあるレトロな手焼き煎餅屋である。

 

創業八五年を誇る老舗「味好屋」(みよしや)だ。

 

この店の名物といえば、六角形をした「亀の子せんべい」なのだが、ぼくの好物はといえば、ズバリ、四角形をした「ぬれ煎餅」である。

よくある丸くて薄いものとは違い、たっぷりの厚みを備えているのが特徴で、それゆえ濡れた煎餅の表面はしっとりしていても、中にはさっくり絶妙な歯ごたえが残されているのである。しかも、甘辛醤油のしょっぱさと、煎餅そのものの甘さのバランスが取れていて、どうにも後を引くのだ。

 

久しぶりに店内に入ると、一枚一枚、丁寧に手焼きをしている店のおばちゃんがいた。ぼくが「どうも、森沢です」と声をかけたら、おばちゃんはパッと眼鏡の奥の目を見開いて、「あらぁ!」と大袈裟なほどに驚いてくれた。

じつはこの店、中学時代のバスケットボール部の仲間、S君の実家なのである。しかも、ぼくは小説『きらきら眼鏡』のなかに、こっそり味好屋の四角い「ぬれ煎餅」を登場させていて、そのことをずいぶんと喜んでくれているのを知っていたのだ。

さっそく、おばちゃんは四角い「ぬれ煎餅」を焼きはじめた。

手順はシンプルだ。ぺらぺらな白い生地(二ミリ厚くらいかな)を金属の網に挟んで、しっかりと柄を握り、それを熱源の上で何度も手早くひっくり返していく(だいたい二秒に一回は手返しをしていた)。生地が膨れて厚くなり、両面がこんがりきつね色に焼けたら、壺にたっぷり入った秘伝の甘辛醤油のなかをサッとくぐらせて完成である。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

 

まだ、湯気が立っている焼きたてを、さっくり齧ったその刹那──、ふわり、鼻に抜けていく香ばしい香りときたら……。

「うんまっ!」

思わず声を出したぼくの目と、それを見たおばちゃんの目は、どちらも一本の線になっていた。

 

◇   ◇   ◇

 

参道を抜けて法華経寺へ──。

 

鎌倉時代(一二六〇年)に創建されたこの立派な寺は、僧侶たちの荒業の場として知られているが、ぼくが通った小学校の「写生会」の場所であったことは、ほとんど知られていない(当たり前だけど)。

 

当時のぼくは、この寺の五重塔(国重要文化財)の偉容に感動し、うっかり絵のモチーフにしてしまったのだった。どうして未だにそんな古い記憶が残っているのかというと、そのあまりにも緻密な木組みを描くことに、えらく難儀したからである。もう、描いても、描いても、終わらなかったのだ。写生会の「終了時間」に追われた幼いぼくは、ひとりヒイヒイ言いながらスケッチブックに鉛筆を走らせ、五重塔を選んだ自分を恨めしく思っていたのである──、と書いていて、ふと思ったのだけれど、なんだかそれって、締め切りに追われてヒイヒイ言いながら原稿を書いている現在のぼくの姿とそっくりじゃないか。やれやれ……。

 

法華経寺を散歩するのなら、桜と紅葉の季節がおすすめだ。

とりわけ桜の季節は、祭りのようにずらりと屋台が並んで活気があるし、仁王門から続く花のトンネルも壮観で、そこにいるだけでふわっと気持ちが華やいでいく。

もちろん、この日のような冬枯れの風情も悪くない。

法華経寺は、いい意味で「地味」だから。ようするに、文化財に指定された建造物をいくつも擁するわりに、そのどこを見ても色彩のきらびやかさとは無縁なのである。しかし、華美さが無い代わりに、味わい深い「わびさび」は存分に備えているから、歩きながらふと熱いお茶と厚いぬれ煎餅が欲しくなってくるのである。

あ、そうそう。とても個人的なことを言うと、ぼくにとっては、法華経寺で撞かれた鐘の音こそが、最大の「わびさび」である。なぜなら、生まれてこの方、毎年、大晦日の夜になると、この寺の除夜の鐘の音色に耳を澄ましてきたからだ。

ぼくの自宅から法華経寺までは、電車で一駅の距離がある。だから、正直いうと、鐘の音色は消え入りそうなほどに小さい。しかし、凛とした大晦日の夜を伝って届けられる百八つの鐘の音には、何とも言えない風情があって、「ああ、今年も終わりだなぁ……」と、しみじみ一年を追懐してしまうのである。

 

◇   ◇   ◇

 

法華経寺の裏手の坂をぶらぶらと上っていく。

目指すは、ぼくが執筆で疲れたときにこっそり訪れている憩いの場──、とんがり屋根が可愛らしい「東山魁夷記念館」である。

ドイツ風の建物は小さく洒落ていて、展示室は一階と二階にそれぞれひとつだけ。それゆえ「鑑賞疲れ」をしないのがいい。執筆で疲れたぼくには、ちょうどいいサイズ感なのである。

 

鑑賞後は、「KAIIの森」と名付けられた品のいい庭を眺めながら、カフェレストラン「白馬亭」で美味しいコーヒー&ケーキを味わうのを恒例にしているのだけれど、これを読んだ読者諸兄姉は、ぜひともここを訪れないでほしい。だって、小さなこの店が混雑してしまったら、ぼくの憩いの場がなくなってしまうから。じつは、カレーもハヤシライスもとびきり美味しいし、テラス付きの「KAIIの森」を散歩したりもできるのだけれど、このことは内緒にしておきたいので他言無用でお願いします。そして、くれぐれも来ないでくださいネ。

 

さて、この日は、幸運なことに特別展が開催されていた。タイトルは「日本画三山 -杉山寧・髙山辰雄・東山魁夷- 表紙絵の世界とデザインの魅力」。つまりは文芸雑誌『文藝春秋』の表紙絵などが展示されていたのだけれど、巨匠たちによる原画と、印刷された表紙との風合いの違いに、元編集者のぼくは唸るばかりだった。印刷って、やっぱり難しいんだなぁ。いやはや、いいものを見せていただきました。

 

というわけで、特別展を堪能したぼくは「白馬亭」でコーヒーと季節のケーキを味わい、ついでにふらりと「KAIIの森」を歩いてから記念館をあとにした。

気づけばもう、昼間と夕暮れ、どっちつかずの時間帯になっていた。さっきまで真っ青だった冬空の色も、水をさしたように薄まっている。

ふいに落ち葉の匂いのする風が吹いてきて、師走なんだなぁ、としみじみ……。

いろいろあった今年も、あとほんの少しで終わりですね。

おそらく──、ぼくは大晦日の夜もヒイヒイ言いながら原稿を書いているだろう。けれど、法華経寺の除夜の鐘が聞こえてきたときくらいは、そっと冬の夜空に耳を澄まして、四角いぬれ煎餅と熱いお茶でもって一息つこうと思うのである。

 

 

【亀の子せんべい味好屋】

〒273-0035

千葉県船橋市本中山2-18-7

TEL:047-334-4905

URL: http://miyoshiya.ocnk.net/

 

【法華経寺】

〒272-0813

千葉県市川市中山2-10-1

TEL:047-334-3433

URL:http://www.city.ichikawa.lg.jp/edu09/1111000052.html

 

【東山魁夷記念館】

〒272-0813

千葉県市川市中山1-16-2

TEL:047-333-2011

UEL:http://www.city.ichikawa.lg.jp/higashiyama/index.html

 

 

作者:森沢明夫

写真:鈴木正美

写真アシスタント:重枝龍明

編集:西小路梨可(主婦の友社)